2006年08月16日
「天神」の地名の由来 ~水鏡天満宮~
「天神」の地名の由来ってご存知ですか?
アクロス福岡の向かいにある水鏡天満宮に、由来するそうです。

水鏡天満宮は、学問の神様として有名な菅原道真公をお祀りしています。
延喜元年(901年)、菅原道真公が大宰権師に左遷されて博多に上陸の時、
四十川(現在の薬院新川)の清流を水鏡として姿を移され、 『私の魂は長く
この地に留まり、後世無実の罪に苦しむ人の守り神となろう。』と言われたそうで、
後世、その地に社殿を建てて、水鏡天神、又、容見(すがたみ)天神といったそうです。
現在の場所への移築は、慶長17年(1612年)、黒田長政によってなされました。
それ以降、このあたり一体を「天神」と呼ぶようになったそうです。
天神という地名が、菅原道真公と関係してたなんて、
ちょっとビックリですよね。

一回目の投稿である「福岡出身の唯一の内閣総理大臣、広田弘毅」にも
書きましたが、この水鏡天満宮の鳥居の扁額は、広田弘毅さんが、幼少の
頃に書いたものです。
境内は、ひっそりとした静けさがあり、天神のオフィス街の中にいることを
忘れてしまいます。近くに寄られた際は、ぜひ一度足を運んでみて下さい。
地図はこちら
アクロス福岡の向かいにある水鏡天満宮に、由来するそうです。

水鏡天満宮は、学問の神様として有名な菅原道真公をお祀りしています。
延喜元年(901年)、菅原道真公が大宰権師に左遷されて博多に上陸の時、
四十川(現在の薬院新川)の清流を水鏡として姿を移され、 『私の魂は長く
この地に留まり、後世無実の罪に苦しむ人の守り神となろう。』と言われたそうで、
後世、その地に社殿を建てて、水鏡天神、又、容見(すがたみ)天神といったそうです。
現在の場所への移築は、慶長17年(1612年)、黒田長政によってなされました。
それ以降、このあたり一体を「天神」と呼ぶようになったそうです。
天神という地名が、菅原道真公と関係してたなんて、
ちょっとビックリですよね。

一回目の投稿である「福岡出身の唯一の内閣総理大臣、広田弘毅」にも
書きましたが、この水鏡天満宮の鳥居の扁額は、広田弘毅さんが、幼少の
頃に書いたものです。
境内は、ひっそりとした静けさがあり、天神のオフィス街の中にいることを
忘れてしまいます。近くに寄られた際は、ぜひ一度足を運んでみて下さい。

Posted by よかろうもん! at 21:48│Comments(0)
│歴史・神社・仏閣
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